Cooの腕時計管理者プロフィール
ここ数年の近況プロフィール。
管理人:清瀬 明則 身長170cm 体重62kg 血液型O型
昭和36年8月。時計店を営む両親の元に長男として生まれる。
昭和56年より時計の仕事に携わるも両親と職場を同じにせず。
1994年:33才で体調を崩し三ノ宮で長期入院。
1995年:前年からの長期入院中の病院で阪神・淡路大震災に遭遇。
1996年:震災後の不況と自身の体力が回復しない焦りから再度の長期入院。
店主不在の営業が続く中、パートタイマーの方達の結束のお陰で営業は継続。
1999年:再入院から3年、気をつけての生活を続けるも、不況と重なりこれ以上の無理から再々入院で再々周囲に迷惑は掛けられない。そして頬が痩せこけた病人顔では売上増も望めず余力が残るうちに決断しないと廃業によって迷惑を掛ける人が出る。
その在庫処分の為にYahooオークションに参加。(ネット生活の始まり)
自身の体調から廃業後の身の程来し方に自信が持てず慣れた商売の継続を望むも収益を上げられなくては廃業やむなしの状況。
ところがオークションの意外な好成績のお陰で、廃業を延期する事になろうとは。
当時スーパーのテナント生活で365日、出ずっぱりの生活がオークションに合致。
2000年:この頃の体力は定時までの仕事のみで限界。それどころか忙しくなってくると仕事中に身体を横にする時間が取れず家に帰れば疲労で食事が喉を通らず再入院がちらつく。でもオークション(パソコン仕事)だから乗り切れたもので店での売り出しや店頭販売だ肉体仕事では乗り切れなかった時期だけに天が見方した気がしたものでした。
2001年:オークションの盛況は収益面だけでは無く「生きる力」というリハビリ効果もあったようで初入院から7年やっとアフター5という事も少しなら出来る体力に回復。(このオークション話はサイトでも紹介していますが)
2002年:中内 功 氏の言葉では無いが「売上が全てを癒す」。体力が無い身体が売上に引っ張っぱられる様に必死に売上に食らいついていった感覚でした。年末ついに店舗の売り上げとネット売上の比重が全く逆転しネットショップと言える状況にオークションは成長させてくれました。
一時、働いて頂いていたパートタイマー・アルバイトの方々には廃業を示唆していたものが決断がおりない。それよりも私は「今、凄いことが起こってるんだぜぇ〜!」と叫びたいが私の姿は以前にも増してパソコンも前に居る時間が増えただけ。売れる様子もお客様とのやり取りもパソコンの画面の中のみで起こっていますから。周囲からは仕事を投げた様に見えたでしょう。でも事情を聞いたスタッフは当然、私を助けようとしてくれますが残念ながら全てパソコンの中での出来事なのです。手助け出来ない不甲斐なさから辞められた方も居てこちらも辛い。かといって一から教えている猶予は無い。
2003年:オークションの4年間、右肩上がりの急成長でしたがある時から段階を経ず売上が一挙に消失します。あの時の恐怖感は生涯忘れる事が無いでしょう。そんな中でも仕方が無いとは言ってられない責任から販売ネタを腕時計からクロック・メガネなどに段階的に変更、何とかしのいではいるが資金が回転しているのみでしたが、それも腕時計オークションで頑張っていた成果か支えて下さる方のパワーも感じた次第。色々と実験を繰り返すもオークションから撤退を余儀なくされる。メーカー頼りの商売の脆さが露呈された時でもあり、いつのまにか貧乏人が資本力勝負の世界に踏み込んでいて勝目が無い事に気づく。あのまま深みに入っていれば・・・と今考えれば身震いすると同時にそれを可能にする力がネットにはあると驚愕する。
しかし、その経験はネットのパワーを肌で感じ工夫次第で個人が生きる術と糧がある事を確信する。同時にオークション以外のネットで収益確保を模索するも術も糧も発見出来ず五里霧中の混沌とした営業が続く。2003年〜2006年、オークションから撤退で自身の給料どころでは無く自分の人生でもっともお金に苦労した時期でしたが、その頃掴んだノウハウがその後のサイト運営において全てに生かされる。
2004年:オークションの経験から利益は少なくとも「他に影響されないネット収益」を見つけられない限り生き残る事は不可能と確信するもまだ見つからず貧乏生活が続く。
将来の基盤になればとCooの腕時計「ベルト調整の方法紹介」非営利サイトとして開設。
自身の健康は初入院から10年。「最早、病み上がりでは無い」と言い切れる自信まで出て来た頃(ゴルフまでの自信は無かったが)の年末に母親が倒れ長期入院。
2005年:Cooの腕時計にベルト調整に加え「電池交換」紹介コーナー新設。(非営利サイト)
2006年:
母親が長期入院から回復すると入れ替わりに気苦労から父が入院。今後、老いた両親(大正生まれ)のみでは日常生活が困難となることを感じ実家に戻る必要性を感じる。オークションから撤退後収益源が無く売上は下降の一途。その上「他に影響されないネット収益」が見つからない現状では賃料が発生する商売では継続を望むことすら困難と、それまで営んでいたテナントの撤退・廃業を決意。実店舗は廃業・撤去に向け動き出すのと平行し電池交換受付サイトとして「akiyose.com」を開設・受付開始。
同時に「Cooの腕時計ブログ」も開設。
撤退に伴う費用を試算すると背筋が凍り付く自転車操業の年でした。かといって老いた病後の両親に経済的援助を求めて心配を掛けるのは酷。えらい時期と重なったものだと嘆いたものです。どのみちどちらを選んでも良い方向は無いストレスを背負っての撤退・引っ越しのエネルギーは、この時の体力からは再度の入院と背中合わせの体力勝負の1年になる。
考えても見つからなかった「他に影響されないネット収益」。難しく考えるから浮かばない、単純に「出来る事は?」と考えたら浮かんだのが電池交換。人間、尻に火が点けば・・いえ、点いてこそ案は浮かぶものだと。言い換えれば余裕がある間に妙案は無しとも言えるか。
2006年:5月。撤去作業と引っ越しが完了。スーパーのテナント生活から個人店主へ(スーツ姿からサンダルへ)と。長年の365日働きづめ生活から毎週・日曜定休へと身体を休める環境が出来、本格的に健康の立て直しを考える余裕が出来て来たのを機に2006年末「禁煙」と共に健康3カ年計画。1日に30分は歩ける様に努める所から始まる。経済的にも給料とまで行かずともゴルフ程度の小遣いは出る様になったところで。目標は「普通にゴルフが出来る」に照準。
2007年:電池交換受付も開設から1年。徐々にではあるが依頼が増え始める。
2004年の構想から「他に影響されないネット収益」 に成長するか正念場の年になる。
同時にテナント時代の年中無休の生活から解放される環境と
禁煙から1年。3カ年計画も順調で運動する気力が出て来たので体力作りの再構築も開始。
最早、温気も戻り病み上がりの面影も消え完全復活。
2008年:老いてゆく両親の姿を目の辺りにすると共に、実生活にも影響が出る生活。
その環境と共に自身の将来を考えると焦燥感・不安感から「愚痴ブログ」傾向になっている事に気づく。健康作りの基礎であるストレスの処理が出来ていない様では運動・摂生効果も半減の笑い話。色んな意味で時期尚早とは思いながらもゴルフ生活を開始。
2009年:2006年から始まった両親との共存生活にも慣れてきたのか精神的にも安定させる術もつかめて来た機を見て「体力作り強化年間」と位置づけ収益よりも健康を優先の生活を心がけるも秋にオーバーワークで小休止。ある意味この10年で一番平和で充実した年であったかと。この10年「ああ・・・暇だな・・何か時間つぶしはないか」何て余裕はゼロで常に毎日が、もう4時間あれば・・・の全力疾走でした。今年からは「全力」は取れた気がしますが相変わらず暇な時間は無い。性分でもありますが、だからこそアイデアは沸くものだと感じます。余裕から生まれる物は守りのみかも?
///最近の傾向///
「最近、歩行がスムーズでは無くなってきた両親の脚力維持のために日曜はドライブが恒例ですからドライブブログに。平日の一日は自分の時間ですが今はゴルフが多い。時計屋のブログですが時計ネタが少ないのが難点かも?
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色々ありましたが今は過去の思い出の一つ。最近は結構サバサバと達観した人生を送っているのが悠々自適に見えるらしい。「健康は健康な時にしか作れない」「健康より大事な仕事は無し」。流石に転んで掴んだものは身に染み付いていますね。
そしてブログの更新・サイトの運営につれて文章を書くという行為は心の整理及び反省になり自浄作用があることを実感するこの頃です。


